大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島高等裁判所松江支部 昭和27年(ネ)71号 判決

控訴人・附帯被控訴人 被告 今村重信 外一名

訴訟代理人 大脇英夫

被控訴人・附帯控訴人 原告 此下英俊

訴訟代理人 草光義質

主文

原判決中被告両名敗訴の部分を取消す。

原告の請求を棄却する。

原告の附帯控訴を棄却する。

訴訟費用は、第一審並びに第二審の控訴及び附帯控訴を通じ原告の負担とする。

事実

本件控訴の部分につき、被告両名訴訟代理人は「原判決中被告両名敗訴の部分を取消す。原告の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共原告の負担とする」との判決を、原告訴訟代理人は「控訴を棄却する。控訴費用は被告両名の負担とする」との判決を各求め、又、附帯控訴の部分につき、原告訴訟代理人は、「原判決中原告勝訴の部分を除きその余を取消す被告両名は原告に対し、連帯して金一〇万八七〇〇円及びこれに対する昭和二四年一二月一六日より完済に至るまで年六分の割合による金員を支払うべし。訴訟費用は被告両名の連帯負担とする」旨の判決を、被告両名訴訟代理人は「附帯控訴を棄却する。附帯控訴費用は原告の負担とする」との判決を各求めた外、原告訴訟代理人は、保証を条件とする仮執行の宣言を求めた。

当事者双方事実上の陳述は、原告訴訟代理人が左記のとおり主張した外、原判決摘示のとおりであるから、茲にこれを引用する。

原告訴訟代理人の陳述

一、原告と被告等との本件取引は商行為であるから、商法第五〇三条、第五一一条により、被告等は連帯して本件債務を、商事法定損害金を附加して弁済すべき義務を負担するものというべきであるのみならず、被告等自ら両名連帯して弁済すべき旨約したものである。

二、仮に、本件取引が被告等主張の如くなたねの買付を委託したものであり、経済統制に違反するものであつたとするも、右契約が解除されて、被告等が前渡資金中現品の送荷をしなかつた不足分に相当する金額の返還を特約し、これにつき甲第一号証の如き借用証書を作成し、茲に右返還債務を目的とする準消費貸借が成立するに至つた以上、その履行を求める本訴請求は、民法第七〇八条にいわゆる不法原因給付の返還を請求する場合に該当するものではない。

証拠関係は、原告訴訟代理人が当審における原告本人尋問の結果を援用し、被告両名訴訟代理人が当審における証人田中時雄の証言及び被告両名各本人尋問の結果を援用した外、原判決摘示のとおりであるから、茲にこれを引用する。

理由

成立に争がない甲第一号証、乙第一号証、原審における原告本人の供述の一部及び被告今村重信本人尋問の結果、当審における被告両名各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を綜合すれば、原告は昭和二四年八月頃被告等に対しなたねの買付を委託し、その前渡資金として、その頃前後二回に亘り合計金二〇万円を交付したこと、而して、当事者双方は現品の送荷をなした数量に応じ後日精算の上代金の決済方約したところ、その後被告等は代金約九万円相当の現品を送荷したのみに止まりそれ以外の分は違反物資として警察署員に差押えられる等の事由により容易にこれを原告の許に送荷することができなかつたので、原告が被告等に対し右履行を督促した結果、同年一二月二日被告等は右前渡資金中金一万円につき小切手を振出してその返還をなした上、不足分は同月一五日までにその現品の追加送荷を完了すべく努力を続けることとし、若し右送荷をすることができないときは、前渡資金中右不足分に相当する金額を金一一万五七〇〇円と定め、右期限までにこれを返還することを約したことが認められる。この点につき原告は、買付を委託したのはなたねではなく津田蕪菁の種子であつたと主張し原審における証人此下たち代の証言及び原告本人の供述並びに当審における原告本人の供述のうちにはこれに符合する部分があるけれどもこの部分は、これを措信することができない。他に本件取引の目的物が津田蕪菁種子であつたことを認めるに足る証左がないから原告の右主張は到底これを採用し得ず、前叙認定を左右することはできない。而して原告は仮に、本件取引が被告等主張の如くなたねの買付を委託したものであつたとするも、右契約は解除されて、被告等が前渡資金中現品の送荷をしなかつた不足分に相当する金額の返還を特約し、茲に右返還債務を目的とする準消費貸借が成立した旨主張し、前顕甲第一号証の記載は、恰も右原告の主張に符合するが如くみられるけれども、一面前顕乙第一号証に記載された文言と対照し且、その他の前顕各証拠と綜合して考察するとき、甲第一号証の借用証書作成に当り、原告と被告等が本件なたね買付委託の契約を合意によつて解除し、当事者間に原告主張の如き単純なる準消費貸借が成立したものとは考えられない。即ち、当事者としては、一応右取引関係はこれをその儘存続せしめ置き、唯被告等が不足分の現品の追加送荷をすることができなくなつたとき、これを条件として前渡資金中右不足分に相当する金額の返還方を約したに過ぎないものと解するのが極めて実情に即したものと考えられる。本件取引が行われた当時なたねの出荷、買付、輸送等が旧臨時物資需給調整法に基く油糧需給調整規則によつて統制されていたことは公知の事実であり、又、本件において当事者双方共右取引を適法に行うにつき、法定の資格、条件を具備していなかつたことは、前掲各証拠によつて窺われるから、本件取引契約は正に公の秩序に反する事項を目的とするものであることは極めて明らかである。然らば、右取引に際し原告が被告等に交付した前渡資金は、民法第七〇八条にいわゆる不法原因給付に該当するものといわなければならない。而して、当事者間に成立した不足分の追加送荷或いは前渡資金返還に関する特約が、仮に原告主張の如き前渡資金返還の特約のみに関する単純なる準消費貸借を約したものであつたとすれば、それが民法第七〇八条にいわゆる不法原因給付の返還に該当しない場合があり得ることは、原告主張のとおりであるけれども、右特約が前叙認定の如き趣旨のものであつて、一応当初の取引関係はこれをその儘存続せしめ置くことを前提とするものである以上、右特約はこれ亦公の秩序に反する事項を目的とするものとして無効であるものといわなければならない。されば、原告の本訴請求が、前渡資金そのものの返還を求める場合は勿論、右前渡資金返還に関する特約に基く請求である場合においても、爾余の争点に対する判断をするまでもなく失当であることは明らかである。然るに、原審においては事茲に出でず、原告の本訴請求の一部を認容したのは極めて不当であるから、原判決中被告両名敗訴の部分を取消した上、原告の請求を棄却しなければならない。被告等の本件控訴はその理由あり、而して、叙上の説示により、原告の本件附帯控訴が全くその理由なきことは極めて明らかであるから、これ亦その棄却を免れない。

よつて、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、第九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 平井林 裁判官 藤間忠顕 裁判官 組原政男)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例